ホワイトカラー エグゼンプション考
ホワイトカラー エグゼンプション(White-collar Exemption)なる、ちょいと聞いただけでは何のことか俄に判らない言葉が飛び出してきた。
政府提出改正法案として来年の国会で審議したいとのことである。(追記:1月16日安倍総理が7月の参議院選挙を想い量ってか、これの今度の国会提出を断念すると表明した。しかし、その後財界からの注文が根強くあり、何れこの問題は再燃し、注文通りになることだろう。)
何のことかと言うと、年間ある程度以上の収入のある事務系サラリーマンに対して、労働基準法で定められている一日8時間、週40時間の労働枠を外そうというものである。
早い話、或る程度以上の地位(年収)にあるホワイトカラーの労働時間がフリーになると言うことである。与えられた仕事に責任ある成果を上げさえすれば、どのように働こうとも、時間的には拘束されず自由になると言うことである。
したがって、副次的に残業の概念は消えてなくなる。これがこの話のキーポイントである。
正に労働の賃金に対する成果・能力主義がむき出しになって来た。能力さえあれば労働は楽なモノになるが、反面、能力が伴わなければ結果は悲惨なモノとなるだろう。行き着くところ過労死、精神疾患、自殺さえも考えられる。さもなくば、未来永劫に、責任を持たされない、屈辱的平社員の安月給に甘んじざるを得ない。憂き目を見るのも覚悟せねばなるまい。
これに労働組合関係機関が早速反応している。が、どれ程効果が期待出来るか疑問である。ここで、世の中が以前の高度成長期のような、護送船団方式で甘やかされた時代ではなくなった事に気付かなくてはならない。
年間収入によってこれの適用を分けると言うが、大企業、中小企業と企業の大きさとその業績内容によって、職務(責)と給与水準の因果関係が一様ではないので、この改正法律の一律適用には難しいものが考えられるし、問題も多い。
そもそもこの法律改正の裏側には、残業によって給料を稼ぐという、これまでの変則的慣習を排し、あくまでも費用対効果を上げるための方策として、企業側の理論で考えられたモノが潜んでいる。時間単価の高い者にダラダラと時間ばかり喰われて、無駄な残業代を稼がれたのでは叶わないと言う企業側の思惑が見える。給料は宛い扶持、成果だけが要求される今までとは違う、労働時間対賃金概念を超越した勤めとなることだろう。
これが現実に施行されると、少子化が進む中で、能力の有る者と無い者とは、教育の段階からその峻別は厳しさを増すだろう。能力の高い者と低い者とでは、その待遇に差が生じることは或る程度やむを得ないことではあるが、底辺の賃金水準が意識されて上がらない限り、富める者と貧乏人との格差は益々広がるだろう。
前の高度成長期にあったように、皆が平等で一緒という時代は終わったのだ。村社会的世の中ではなくなったのである。
これを前提に考えると、これからの日本は、能力有る少数の富める者が支配する、新しい今まで誰しもが経験したことのない、全く別の形の権力構造を持った国家になって行くことだろう。ここで問われるのは国家の品格である。その時代にふさわしい、新しい道徳観に基ずく国民の精神構造の確立も、また重要課題となることだろう。
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Author: 頭九爺仙人
先ずはズウクジ・センニンとお読み下さい。
結構、カッコいいオジさん仙人です。
街で見かけたら声をお掛け下さい。
面白そうな話が聞けるかも。