虐待と苛(いじ)め
虐待の起こる形からみると、大人と子供(親子)、男女、人と動物、等との間で、必ず加虐者が被虐者より絶対優位にある場合に起き、心身共に暴力行為によって加虐され、被虐者が必ず一方的に被害を受け、反撃することが出来ない。しかも、これが逃れられないような場面において、かつ、日常継続的に行われる。
また、加虐者が複数の場合、特徴として行為の主となる者と従属(追従)する者に分かれ、それぞれの間での関係安定の代償として、行為の正当性が暗黙の内に了解されていて、行為を止めることには機能せず、むしろ加勢する方向に働くのが通例である。
一例として、女性の連れ子を同居する男が虐待する事例に見られるように、男女関係を維持するため、女性が子供を庇う方向に向かず、男の行為を無視・容認したり、逃避して、男に迎合助長するかのような行動に出て重大な結果を招いてしまうことが挙げられる。
これが学校や職場で起こると苛めになる。基本的な構造、心理的挙動に置いて虐待と何ら変わるところはない。
従ってこれの対策を立てる場合は人間世界にのみある虐待の根元に立ち返って考えなくてはならないものである。
先ず、虐待の成り立つ絶対条件としての加虐者と被虐者を作り出さない工夫である。集団生活の場である、学校や職場では優位の加虐者を出来なくし、それを取り巻く追従する者を徹底して取り除くことにある。
特に学校においては先ず従属する取りまきを排除し、次いで主導する者を潰すことが肝要である。子供の世界では加える者、被る者一対一では被る者から反撃される機会が多く、追従者の力を借りなくては苛めが成立し難いところがあるからである。場合によっては攻守逆転することすらある。したがって、子供においては殆どが複数加虐を特徴とする。また、内容は所属集団に許容されない価値(観)に攻撃が集中する。理解の平均からはずれた者(モノを持つ者)が対象となることが多い。事の優劣とは直接関係なさそうである。
学校での苛めを根絶するためには、この様な特質を持つ、被虐者となり得る者を早く見つけだすこと、そしてその周辺情報を多く集め、事が大きくなる前にその芽を丹念に摘み取ることである。これらの情報は子供達が一番持っている。今時の先生はこれを採りに行けないところに問題があるのではなかろうか。昔の先生は子供一人一人を熟知掌握していた。ましてや教師が加虐の主導者になるなどは論外。
手っ取り早い子供達の情報収集はガキ大将に聞くのが一番。人間は群れる動物だから、今でもガキ大将(番長)は必ずいるからである。
苛めの根絶は、今の名誉職としての教育委員会制度では何処まで出来るか。文科省のお役人さんはどうする。また、何かに付け、悪ガキに「ママに教育委員会へ電話させるぞと」と毒づかれて、震えの来るような校長始め先生方では何が出来るかいささか疑問が残る。
本当に虐待はどうかと思います。
自分が産んだ子でも虐待する人がいるけど、、
痛い思いしたんじゃないのって言いたいくらいですよね!!
仙人さんの力でなんとかしてくださいWw
Author: 頭九爺仙人
先ずはズウクジ・センニンとお読み下さい。
結構、カッコいいオジさん仙人です。
街で見かけたら声をお掛け下さい。
面白そうな話が聞けるかも。