怠け仙人の世を拗ね斜めに見ての御託

 思いつくまま日がなキーを叩いて、世の中有ること無いこと、思いこみと偏見で・・・・・

さあ これからが大変だ



 ”略的互恵関係”の意味するもの

 訪日した胡錦濤中国国家主席と我が国の福田康夫総理大臣との会談で話し合われ決定した重要なキーワードとして戦略的互恵関係なる語がある。

 この戦略的互恵関係の一般的な意味は、日中二国間で発生する広範な問題に関する処理について、総括的かつ包括的な手法によって互いの利益を尊重かつ優先的に考慮し適正かつ公平に対処することと考えられている。

 この一般解釈は一通りの解釈では誠に結構な字句が並ぶが、国際間特に二ヶ国間の取り決めの場合、特にこれまで兎角問題があり、仲の良くなかった相手と取り交わす外交用語として、今後お互い仲良くするためには、お互いに相手の非を咎め立てせず成り行き任せでまぁまぁのところで行きましょうと言うのが通例のことの様である。

 早い話が今までのお互いが懸案としていた、例え重要な問題であったとしても、ご破算とまでは言わないが、ウヤムヤにして時を稼いでチャラにしましょうという事なのである。

 オリンピック、万博を抱えた中国にしてみれば、チベットは勿論のこと餃子然り、東シナ海のガス田然りで、表だっての解決となると国内事情の観点から見ても、今の中国では一朝一夕には解決させるだけの力量がないと見るがどうだろうか。見かけは突っ張っているが政治的内情は苦しそうだ。

 そこで、訪日して点数を稼いだものと見られる。それだったらパンダの一番くらい無償貸与だって良いだろう。1億円は高い。

 そればかりではない。現在中国経済の直面する問題をどう処理していくつもりなのだろうか。

 株価の低迷。インフレ物価高。元値上げ圧力。低賃金大量生産ローテク産業の行き詰まり。失業者増加の懸念。農業の疲弊。若者の都市集中。等々数えればきりがないほど頭痛の種は尽きない。

 日本が嘗て味わった円高不況に似た状況になってきている。それよりも増して悪いのが自由経済のうま味を知った一部の富裕層が増えていることである。これを標的とする暴動の火種を創り出し温存している様なものである。愛国一途の若者が或るとき突然方向を変えたときが恐ろしい。かつての天安門が思い出されるが考え過ぎだろうか。

 胡錦濤さんは無事帰国した後も大変です。

 
 
 
 
 

心底見えたり

 餃子の行方

 中国製冷凍餃子の毒物混入騒ぎで、流通業界はもとより各関係官署の対応の遅れが指摘されているが、それよりも増して対中国外交の生ぬるさも見逃せない。今後への問題提起を含めて一文を敢えて呈したい。

 中国の検疫当局がか公式発表した。餃子製造過程での故意による毒物混入はあり得ないと。

 製造工場を精査したが、構造的に、機能的にも人為的な毒物の混入は考えられないとする見解である。

 勿論、可能性について断定的なことは避けているが、責任の所在は中国側にないことを暗に主張している。聞きようによっては日本側に問題があるかのような意図さえ感じられる。

 調査報告の記者会見でも調査の内容には大して触れず、観念的説明に終始して具体性に欠ける発言となっている。記者側もまた迎合するかのような質問で、核心に触れるような質問がなかった。お国柄で事前のチェックが厳しく作用しているとも考えられる。例えば、検疫当局は犯人を始めから個人に特定して可能性はないと主張している。確かに単独犯行説を採れば、衆人環視の中では難しかろうが、示し合わせた複数犯の犯行とするならば幾らでも可能となる。日本での記者会見であっては当然質問される場面であるが、質問はされていない。自由な発言の許されない国にあっては当然であろうが歯がゆい。

 間もなくオリンピックが始まろうとしているので、このまま等閑にはされないだろうが、不信感が先に立つ。

 もし、これがオリンピックがなっかったとするなら、恐らく今度の発表で全て終了。「我が方には何の落ち度も御座いませんでした」、「誰か我が国に敵意を持つものの仕業に違いない」、「日本にとやかく言われる覚えはない」、でけりが付けられただろうと思う。

 今、当地の公安当局が捜査をしている模様だが、これとても何処まで信用出来るのか、何時、黒が白に変わるか知れたものでない。これとてもお国柄で日本としては為す術がないだろう。

 これらを打開するものとして、日本の警察はあらゆる科学技術を駆使して、一日も早く証拠を見つけ出し、目の前に突き付けなくてはならない。日本の犯罪捜査分野での物質の微量分析技術は世界でもトップクラスにあって、信頼性の高いものであるので、是非活躍してもらいたい。これが唯一の頼りの綱かも知れない。捜査権の及ばない処の犯罪なので手足を縛られての活動を余儀なくされ、ご苦労は計り知れないものがあるだろが、国家の威信にかけて早急に解決の糸口を見つけ出して戴きたい。ウヤムヤにさせない為にも。

 これが政治決着とやらでウヤムヤにされた時には、日本人は歯を食いしばってでも食糧自給の道を選ばなければならない。

 ここまで我が国の農業を疲弊させてしまっては回復に手間暇が掛かるだろうが、自分たちが犯した罪なのだから覚悟を決めて掛かるよりしようがないだろう。

 兎に角、中国産食料は買わないことにする。ボイコットではなく、飽くまでも食料自給の道を目指すことで。これからは飽食と無駄は許されない。

当たり前だと思っている話


かっているようで分からないもの

右手はどっちですか?

 いきなりですが電話で”右手はどっちですか?”と聞かれてどのようにお答えになりますか。多分相当に戸惑われると思います。普段何気なく使っている言葉でも、言葉だけで正確に言おうとして、咄嗟に出ないことがあります。

 ところで、孔子曰くの論語に「君子南面す」と言う言葉があります。

 これは、皇帝が南を向いて座れば皇帝の背景となる天空が北極星を中心に回るので、あたかも宇宙が皇帝を中心に回るように見えることで、皇帝は宇宙の中心に在って唯一の存在であることを意味します。中華思想の基になる考え方と言われるものです。

 このことから、昔の中国では南面する皇帝から見て西側を右と定義しました。反対側の東が左になります。これが全ての基準になって、物事が決められました。

 都城の構成、宮城の構造、官衙配置、宮中席次等々この基準で決まります。例えば、右京左京、右近左近、右大臣左大臣などです。日本では奈良時代以来これに倣いました。

 三月節句ひな祭りの段飾りや、古都京都御所の右近の橘、左近の桜や右京区、左京区に、古の名残を今にとどめます。

  右と左では偉い(上位)のは左です。左は皇帝の東側で日の出の方向だからです。洋の東西を問わず古代から、東は太陽が昇りモノの生まれる方向、西は太陽が沈み失われる方向として、東を上位とする考えによるものです。

 おひな様の段飾りでは左大臣の方が偉いので段に向かって右側、桜(左近)も同じ側、右大臣、橘(右近)は左側となります。最近これが乱れて飾られている向きがあります。

 話が変わり「右に出る者は居ない」と言うときの右は何を基準にするのでしょうか。

 これは、論功行賞を受ける家来が南面する皇帝の前に横に並ぶとき、最優等の者を皇帝から見て左(東上位)にするため、家来側から見て最右端にしたことから始まったとされます。このとから、これ以上のもは居ないと言うときに使われるのです。逆に左遷は位を下げるため、皇帝から見て右側、家来から見て左側(方向)に立場を遷す事を意味します。左右の優劣表現も見る側が変わると逆になります。(ちょっとややこしい)

 また、これらは縦書き文書の書き方(紙の右側から起筆)によるとする説もあります。

 ここでようやく右手の正解に話がたどり着きました。もう大体お判り頂けたでしょうが、左右は東西の方向に関連付けて定義されます。当然、東西の分かる事が前提です。

 日本語の権威、広辞苑(第二版、戦後版)を繙くと、空間を二分する場合の右とは、体の正面を北に向けたときの東側(方向)とあります。これなら電話で伝える事が出来ます。

 ここでは、現代日本での右は奈良朝以来千200年(中国は更に古く2千年)の歴史のある、天子南面による定義とは全く方向概念を逆にして定義付けられています。

 これは多分本書第二版改訂時(戦後)に、時の風潮から、君子南面の根底にある帝国主義的思想の基準を廃し、敢えて北向き基準の記述になったのではないかと思われます。初版本(戦前版)が手許になく、憶測の域を出ないことをお断りします。

 また、編者の右手(利き手)と東上位とする考え方がいつしか結びついたものか。それとも単純に、現代の方位計(羅針盤)の多くが北基準で作られているからと、素直に理解する方が良いのかも知れません。

 なお、同書の左の記述は同じ北向き基準で西側となっています。

 右手はどっち? に答えるべく色々並べてみましたが、結局、右がどっちかは、前もって基準となるモノ(例えば東西南北)が無条件で分かっていることを前提に、演繹的に成り立つ事が分かりました。

 これを基準のない世界で普遍的に定義することは出来るのでしょうか 。

 地球上では地磁気があるので南北、人間にはお臍があるのである方とない方で前後、地球には重力があるから上下、これらを合わせて説明すれば左右の定義が出来ます。

 これは地球上にいるからであって、上下前後左右、どちらとも区別のない無重力空間、真空状態の宇宙のど真ん中で、お臍のない(卵生)宇宙人が出てきて右はどっちですかと聞かれたらなんと答えたらよいのでしょうか。

 恐らく答えようがないでしょう。宇宙空間で普遍的と思われる、電磁気学も量子力学の知識も反粒子の世界がある限り、普遍的とは言えなくなるからです。地球上では反粒子の世界は殆ど存在しないことが分かっていますが、宇宙のどこかには立派に存在するとされ、そこでは地球と全く逆の世界があるのです。そこに住む宇宙人には地球上での物理的理論は全く頭から通用しないのです。

 しかし、ここで唯一これならば何とか説明が付くのではないかと思われるモノがあります。それは、我々生物の作り出す様々な有機物質です。何故かその理由は未だ証明されていませんが、それらは光に対して特異性を示すのです。生物由来の有機物の水溶液に偏光を通すと、大小はありますが、偏光面を必ず左に回転させます。化学合成された有機物では左に回転するモノと、右に回転するモノと50−50の割合で出来ます。これを生物由来物質の光学異性体における特徴と言われます。(光学異性体とは有機物で化学的には全く同じ物質でありながら、右手と左手のように分子構造(配列)が対象になっているモノを言います)

 こんな話があります。皆さんご存じの化学調味料「味の素」のグルタミン酸ナトリュウムを作るとき、小麦からの醸造法と、石油からの合成法とでは、生物由来の醸造法が断然収率がよいのです。それは、醸造法が100に対して合成法が50だからです。しかも、合成法で出来たモノには、人間の舌には何も感じない右回転の光学異性体が50パーセント含まれていて分離不可能なのです。合成法で何故か左回転100パーセントのモノは出来ないとされています。

 これは、我々生物が持つDNAに関係しているからではないかと思われます。 色々なところでお目にかかる、DNAの二重螺旋の模式図はどれも左巻き(S巻き)に書かれているようです。床屋のネジ棒(Z巻き)とは逆のような気がします。

 もし、そうだとすればDNAが作り出す生物由来の有機物は、元の性質を受け継ぐことで、必ず左回転の光学異性体になると言えそうです。

 この話を持って行けば、宇宙人に左右の説明が出来そうですが如何でしょうか。

 これが妄想だと言われればそれまでの話です。

世界中のコンピュータ・ウイルス制作者にお願い

 白馬の騎士になりませんか

 このところ迷惑メールの氾濫が頻りに報じられています。

 毎日の事始めが二桁三桁の迷惑メール征伐からの方々が多いでしょう。私もそうです。

 敵も巧妙な見出しで何とか開封させようと必死です。親しいところからのメールと間違えて開封してしまい本当に迷惑して苦い思いをされた方も大勢でしょう。

 国内だけでも日に数十億とも言われる迷惑メールが飛び交っているとのこと全く驚きです。この中にはボットと言う知らぬ間にこちらのパソコンを勝手に操作され、迷惑メールを送信し続け、出会い系サイトなどに誘導されると言う全く以てとんでもない奴もいるそうです。いつしかあなたが加害者になり社会の迷惑者にされているのです。

 何とも厄介なモノが蔓延っているものです。総務省は受信者の承諾なしには広告メールを送信出来ないように法律で規制するとは言っていますが、果たしてどれほどの実効があがりますか、当の法務省も「対策には特効薬はない」とのことです。

 とにかく、トラブルに巻き込まれたくなければそれらしきモノには手を付けず消去するに限りますが、何よりも特効薬が欲しいものです。

 そこで、世界中の迷惑ビールス制作者にお願いです。

 あなた方が作るビールスを駆除するためにアンチビールスソフト制作会社が儲かっています。あなた方はアンチビールスソフト制作会社をただで儲けさせているのです。あなた方が居なければアンチビールスソフト制作会社の存在はないのです。いらないのです。

 まさかアンチビールスソフト制作会社が儲けるためあなた方にビールスを作らせている訳ではないでしょうね。疑いたくもなります。

 あなた方はあなたの持つコンピュータ・ソフト技術をあなたの仲間に誇るため、ビールス性能を向上させてきたのではないでしょうか。そしてアンチビールスと競い合っているのではないでしょうか。

 あなた方はコンピュータ・ソフト作りの名人・その道のエキスパートです。ビールスを作れるのならそれら全てを殺すワクチンを作るのも簡単な筈です。

 何時までもそちら側にいないで、こちら側に来ませんか。特効薬ワクチンを作ってビールス作りの奴らの鼻を明かしませんか。そしてビールス作りが無駄だと判らせることも出来る筈です。あなたの腕が確かなことを誇りませんか。

 ビル・ゲイツばかり儲かるのが腹立たしいのも十分理解出来ます。と言って何時までもOSソフトのあら探しばかりしていても始まらないでしょう。

 世のため人のためなどとは申しません。あなたのソフト技術・腕前を誇りに思いたいのです。

 そして白馬の騎士になりませんか。

生き甲斐は何処に


して彼は居なくなった

 人間が人間らしく生きるにはそれなりの覚悟と諦観が必要だが、生身の体なかなか思うようにはいかない。そこが人間なのかも知れない。ある老人の生き様を通して考えてみたい。


 私が未だ若かった頃、一人の老人と深く関わり合いを持つ機会を得、その後、彼の生活と深く接することになった。

 彼はその時、既に70歳に間もなく手の届こうと言うところに差し掛かっていたが、カクシャクとしていてバリバリの現役で、南・東北地方の一隅で彼の仕事にいそしんでいた。

 彼の仕事は、家業としてのとある小売店の店主としてのものであった。彼は若くから商売の道に就き、仕事を覚えるため奉公と修行に励み、早く亡くした親の後を引き継ぎいそしんだ結果、それなりに業界での信用も得、雇い人も増え店も大きくなり、町内での信頼も厚く、何かと決めごと世話焼きなどの指導的立場の人になっていた。

 私が知り合った頃は流石に町役などの肝いり的な第一線からは退いてはいたが、どうしてどうして隠然たる勢力と影響力を温存していたし、業界の動向に対しても彼本人にしてみたところ、まだまだ興味の尽きないところであった。また、年に数回は上京し、問屋筋を廻り商品の動向を探り、常に小売商としての客へのサービスを心がけていた。

 一方彼の一日の仕事としては、朝店を開け、客を迎え、数多くの種類の商品の細かい商いを飽きることなく続け、客に世辞はなかったが心から有り難うを言い、夜になって客の絶えるのを待って店を閉め、その日の売り上げとレジの打ち出した数字とを確かめ、レジの記録紙や伝票類と売上金をすり切れたボール紙の小箱に入れ金庫に収め、一日の終わりとすることを日課のようにしていた。

 それから10年程経ったある日、彼の許に東京の業界組合本部から電話があり、彼が黄綬褒章を受章することになった旨の第一報が届いた。彼にとって風の便りの微かな期待はあったが到底望み得べくもないものとして殆ど記憶の底に沈んでいた知らせであった。彼の属する業界ではどういうわけか他の業界に比べ、候補に挙がっても、相当の年齢にならないと受賞の機会に恵まれないのを常としていたからである。多くの関係者の好意と努力に感謝し、大いに喜んだのは言うまでのことではないが、その時彼は70歳の半ばをとうに超えてしまっていた。

 授章式が終わり、お祝いの会も済んだある日、彼は一人悟るところあって決断した。褒章受章を機に身上を息子に譲ることにしたのである。彼の店は小さいながらも会社組織であったので、所謂社長の座を退くことに決めたのである。交代は順調に行われた。

 しかし、何となく彼に変化が現れだしたのは、今になって思い返してその頃だったように思える。周囲から見て謹厳実直な彼の日常生活には外見何の変化もないように見えてはいたが、彼の中ではなにがしかの揺らぎが段々とはっきりしたものとなってきていたのであった。

 彼は彼の長い習慣から生じた、日々の生活パターンの繰り返しを健康を理由に崩すことはなかったのだが、その中でたった一つだけ彼がやらなくなったことがある。やらなくなったと言うより、やれなくなったという方が正しいのだが・・・・・

 それは、店を閉めてから銭勘定をすることであった。指の先に唾を付けながら札を数え、小銭を10個づつ積み上げ50個纏めて筒状に紙で包み、数え返してレジの記録と見比べ、間違いのないことを確かめてから、所定の場所に納め、大きく息をし穏やかな顔に戻り、おもむろに茶道具に手を伸ばし、自ら茶を入れ背を丸めて啜る姿は今も目に残る。

 この作業は店を息子に譲ったことで、当然息子の責任の範疇となり、やりたくとも手出しが出来なくなってしまったのである。それからと言うもの売り上げの多寡を息子から聞き、商売についてのいくらかの問答をして枕に就くことが先頃に替わって、新しく日課に加えられることとなったのである。

 その頃、彼はこんな事を私に漏らしている。

 仕事を趣味と心得、若い頃から家業にいそしんだ結果、社会に貢献したとして国から特別にご褒美がもらえた。名誉この上ない。息子も立派に家業を引き継いで将来何とかなりそうだ。家内にゴタゴタが在るではないし、これから何をしなければならないと言う心配もない。誠に幸せであると。

 彼はそれからいくらの間もおかず、急速に自分だけの世界に入っていってしまったのである。所謂ボケたのである。

 新しい記憶の喪失、妄想、徘徊等々お定まりのコースを辿った末、周囲を大きく振り回しながら3年程で彼岸に旅立ち、一周忌を終えて間もなく、一人では寂しかったのだろう、苦労に苦労を掛け通した最愛の奉仕者をも連れて行ってしまった。

 唯々真面目に働くことのみに心がけ、誠実に周囲に接し、何を楽しみに生きているのかと疑いたくなる程実直に生き、人生観のベクトルをこれに定め、実行した果てに彼が見たものとは一体どんなものであったのであろうか。傍から知るよしもない。確かに幸せであると話してはくれたが、本音のところは判らない。

 彼が呆けたのは当然年であったからに違いはない。男の平均寿命を十分超えていたので何の不足が在ろうというものではないが、人格者として周囲から尊敬され、敬愛された彼の末の姿としてみるのに、世の無常、哀れを禁じ得ないものがあった。

 彼のこうなった原因は、家業を息子に譲り、毎夜の銭勘定をしなくて済む身になったところに直接的なものを感じる。彼にしてみたところ、夜ごとの銭勘定は社長として店の経営の責任を全うする実感を味わい、これをもとに営業成績の向上を思い巡らす負担が、また明日への活力を生む踏み台になっていたのであろう。自ら身を引いたとはいえ、心の支えになる大いなるものを失ったことへの悔恨。諦観してもなお残る未練に、戸惑いさすらう彼の胸中、蕭々寂寞と吹き抜けていく何かがあったに違いない。

 ここで彼が心から傾注しうるこれに代わる何かがあれは良かったのであろうが、元々仕事以外に拠り処がなかった彼にとって、身をもって責任を果たし、結果に見合う貢献を実感し得る対象を身近に見つけだすことが遂に出来なかったのである。そして悲しい結果に歩みを早めていった。生き甲斐を見失った結果の行き着くところであった。

 人間にとっての生き甲斐とは、その人間の生活の空間・時間の中で、事の好き嫌いに拘わらず、自発・強制いずれにしても、そこに存在するため、その人間が、そこで最も重要だと認識し、周囲に対し有意義に貢献できる役割にあると、他は勿論、自ら勝手にでも納得し、自負・実感し得る何かなのではなかろうか。

 彼の晩年の幸せそうな人生の中で、必然とは言え唯一失わざるを得なかったものは、彼の生活の中で彼自身が最も重要で、有意義に貢献できる役割と認識し得たもの、商人の自負としての実践の結果を決定的に実感し得たもの、それは銭勘定だったのである。

 そして彼は居なくなった。あれほど彼が勲章と称して大切にしていた褒章は彼と共に姿を消した。未だに行き方知れずである。

最近の風潮によせて

 ジタル・アナログ雑記



 昨今、アナログは古いモノ、デジタルは新しいモノとして、ややもすするとデジタルは先進的なモノで、アナログは旧弊なモノとする考え方が散見される。確かにパソコンや地デジ、携帯電話は今日的なデジタル機器に違いはないが、アナログを侮るような風潮は頂けない。ましてやアナログ人間、デジタル人間に至っては論外である。



 デジタル、アナログの語は、それぞれ、指(で数える)Digit、推測、真似るAnalogueの意味を持つラテン語に由来する。


 指で数えるからのデジタルは即、理解がつくが、推測、真似るからのアナログは理解がつきにくい。


 これが現在、連続現象を表すアナログなる語に何時結び付いたかは判然としないところがある。巷間言われているところで、一番尤もらしいのは英語のAnalogyからの説のようである。Analogyはラテン語のAnalogueと殆ど同義である。


 Analogyは元々文化系の学問分野での言葉で意味もその通りのモノとして使われていた。この語が20世紀初頭頃から理科系、特に実験物理、工学分野で使われるようになった。


 例えば、微分方程式で表される様な観念的現象を直接実感できるような状態で表現解析する方法として、現象のコンポーネントを手近な電気部品や簡単な器具を用いて置き換え組み立てて装置を作り、別の形に置き換えて目に見えるモノとして表す、所謂今で言うシミュレーターを構築、元の現象を解析理解するようになった。


 そしてこれをAnalogy的解法と言う様になった。正に推測、真似るの文字通りの意味である。


 それが何時しか元の連続的現象そのものを指す語としてAnalogが成立し、現在に至った様である。


 ここで、様であるというのは当時特段に断らなくても、世界全部がアナログであったため、アナログという語を取り立てて使う必要がなかった。従ってAnalog成立の確たる時期については戦前の古い話から、戦後間もなく、コンピュータ出現のころ、デジタルが流行ってから等々諸説あり定説を知らない。


 ただし、一つだけこれはと思えるものにアナログコンピュータの出現がある。


 現在のデジタルコンピューターの一般化する直前に、当時の電気部品の小型化と高精度化により、万能シミュレーターとして開発されたものである。この機械はアナログ現象を直接取り扱うので解は即時的に得られるモノであった。当時のデジタルコンピューターに比べ計算速度が圧倒的に速かった。しかし、ダイナミックレンジに限界が有ったことやプログラミングの複雑難解さ、適用分野の狭さ等から、直ぐにデジタルコンピューターに取って代わられ、現在は博物館に行かなければ見られない。


 その頃アナログが連続現象を表現する語として一般に認知されるようになったと思う。それまでは専門用語として一部の人々の間でしか使われなかったとするのが良さそうである。


 ところで、アナログテレビやラジオでは時報が行われているのに、地デジでは時報がないのをご存じですか。
 これはそれぞれの特徴を如実に表すモノとして面白い。デジタルは進んだモノとして重用する向きには納得出来かねるだろうが、アナログが即時的なのに対してデジタルは有限な信号処理時間を必要として即時とは行かないところにある。
 しかもこの処理時間が受信機器個々の条件により一定しないので、全国で一斉にピッピッピポーンで動作させることが不可能なのである。
 従って時報の同時性を維持出来ないところから地デジでは時報を行わないのである。
 また、流行の電波時計でも、時計本体は簡単なデジタル機構であるが、JJY電波を受けて誤差を修正する機構は一部が複雑なアナログ構造になっていいるのも面白い。


 


 

日中友好のために


 ”hina” をなぜ支那と読んだり書いたりしてはいけないのですか



 最近では日中関係は安定し、間もなくオリンピックや万博の開催も控えて経済的にも益々盛んで、一時のような抗日運動も鳴りを潜め、落ち着いた関係となっている。しかし底流には歴史的な蟠りが存在し、全てを払拭し得ない精神的暗流のようなモノを感るのは否めない。これらの一端を考えてみたい。



 ”China” は中華人民共和国も中華民国(現台湾政府)も共に国名の英語表記に用いている。けれども、これを漢字で支那と書いてはいけないことに、戦後いつの間にかなってしまった。


 しかし、今でもカタカナ表記では許されているトコロもある。東(南)シナ海(天気予報で)、インドシナ半島、ラーメンのメンマをシナ竹、たまにラーメンそのモノをシナそば、等々これに対しては誰も文句を言わない。何故だろう。漢字表記だと何故いけないのだろう。


 そもそもシナの語源は秦の始皇帝にまで遡る。秦(シン)の国名が一旦天竺に渡り、後サンスクリット語の仏教教典の中にシーナと音を当てて、当時のシナ大陸に棲み国家を形成する人々をシナ人として表した。


 だから、シナと言う語は人々の集団、民族の名前、日本人、朝鮮人、の様に国名ではなく人種(民族)名を指す言葉だったのだ。それが地域名ともなり、チーナになり、Chinaになった。


 その後は、シナ大陸では色々な国が興亡し、大所で漢、随、唐、宋、元、明、清、現在と変遷し、ご存じの通りどの時代でもシナ国とは言わなかた。日本では何故か江戸時代中頃からシナの(地域)からの連想だと思われるが、シナの音に単純に漢字の支那を当て、地域名も含めて国名の代わりとして使われる様になったらしい。決して侮蔑語として使ったモノではない。正式には明なり清なりキチンと国名を使って遇していた。


 したがって、シナという国家は秦以来一度も存在したことがなかった(シナ語以外の表記を除けば)といえる。


 歴史的なモノはこんな所だが、何故シナ人が支那と言われるのを嫌うのか本当のところ審かでない。


 親しい台湾人に聞いた話では、支那の支には枝葉(Branch)の意味が有って中華思想に沿わないから駄目だとのこと。


 この中華思想は随・唐代に遡る。当時シナは東アジアで唯一の文明国だった。そして四方の民族を夷狄、蛮人とし、自らを文明中心の華、中華とする考え方が定着し、今に至る。聖徳太子の時代からだから根が深い。


 しかし、これを直接国名に冠した国家は近世までなぜか一度もなかった。20世紀に至って初めて出現し成立した。


 支那の表記は戦後何となく使わなくなった。蒋介石も毛沢東も(その後の人も)正式にイチャモンを付けてきた様子はなさそうだが、敗戦国の卑屈さと戦争の贖罪の意味も含め遠慮したのかも知れない。


  支の意味には支えるの意味もあるので支那でも良いのではないかと思う。今時のシナ人の多くがこの辺の理解はどうなっているのか、機会があったら聞いてみたい。


 愛国無罪の教育を受けた連中は何というか。また彼らの教科書には支那(シナ)は駄目だと書いてあるのか知りたい。不法なガス田開発はどこの海でやっているのだと新聞には書かれているのだろうか。


 ついでに本題からちょっと外れるが、また台湾の彼はこうも言った。明治以降シナ人を”チャンコロ”といって何度も侮蔑され悔しさに我慢できなかったと。


 しかし、これは故無い話ではない。


 もとはと言えば、日清戦争の講和条約交渉での出来事。来日した清国の高官がテーブルに着くや、私は”陳古老”(チャンクーロウ)である、と言って胸を張ったそうだ。この陳古老の意味は交渉相手の日本人に対し、交渉を少しでも有利に運びたい思いからか、「私は(国では)長老として尊敬されている者である」と言った程度のモノだったらしい。これを聞いた日本人はシナ人は人前で威張るとき、私は”チャンコロ”と言うのだと単純に誤解した。


 以来、シナ人を揶揄してチャンコロと言い、侮蔑語として一般化し戦前戦中使われた。シナやChinaとは無縁のようだ。確かにこれは良くないことだったと反省して謝りたい。


 但し、この話は出来過ぎていて信憑性に今一眉唾のトコロを無しとしない。ご存じよりの方がお在りでしたらご教示お願いしたい 。

新しい時代の幕開けか

 ワイトカラー エグゼンプション考


 ホワイトカラー エグゼンプション(White-collar Exemption)なる、ちょいと聞いただけでは何のことか俄に判らない言葉が飛び出してきた。



 政府提出改正法案として来年の国会で審議したいとのことである。(追記:1月16日安倍総理が7月の参議院選挙を想い量ってか、これの今度の国会提出を断念すると表明した。しかし、その後財界からの注文が根強くあり、何れこの問題は再燃し、注文通りになることだろう


 何のことかと言うと、年間ある程度以上の収入のある事務系サラリーマンに対して、労働基準法で定められている一日8時間、週40時間の労働枠を外そうというものである。


 早い話、或る程度以上の地位(年収)にあるホワイトカラーの労働時間がフリーになると言うことである。与えられた仕事に責任ある成果を上げさえすれば、どのように働こうとも、時間的には拘束されず自由になると言うことである。


 したがって、副次的に残業の概念は消えてなくなる。これがこの話のキーポイントである。


 正に労働の賃金に対する成果・能力主義がむき出しになって来た。能力さえあれば労働は楽なモノになるが、反面、能力が伴わなければ結果は悲惨なモノとなるだろう。行き着くところ過労死、精神疾患、自殺さえも考えられる。さもなくば、未来永劫に、責任を持たされない、屈辱的平社員の安月給に甘んじざるを得ない。憂き目を見るのも覚悟せねばなるまい。


 これに労働組合関係機関が早速反応している。が、どれ程効果が期待出来るか疑問である。ここで、世の中が以前の高度成長期のような、護送船団方式で甘やかされた時代ではなくなった事に気付かなくてはならない。


 年間収入によってこれの適用を分けると言うが、大企業、中小企業と企業の大きさとその業績内容によって、職務(責)と給与水準の因果関係が一様ではないので、この改正法律の一律適用には難しいものが考えられるし、問題も多い。


 そもそもこの法律改正の裏側には、残業によって給料を稼ぐという、これまでの変則的慣習を排し、あくまでも費用対効果を上げるための方策として、企業側の理論で考えられたモノが潜んでいる。時間単価の高い者にダラダラと時間ばかり喰われて、無駄な残業代を稼がれたのでは叶わないと言う企業側の思惑が見える。給料は宛い扶持、成果だけが要求される今までとは違う、労働時間対賃金概念を超越した勤めとなることだろう。


 これが現実に施行されると、少子化が進む中で、能力の有る者と無い者とは、教育の段階からその峻別は厳しさを増すだろう。能力の高い者と低い者とでは、その待遇に差が生じることは或る程度やむを得ないことではあるが、底辺の賃金水準が意識されて上がらない限り、富める者と貧乏人との格差は益々広がるだろう。


 前の高度成長期にあったように、皆が平等で一緒という時代は終わったのだ。村社会的世の中ではなくなったのである。


 これを前提に考えると、これからの日本は、能力有る少数の富める者が支配する、新しい今まで誰しもが経験したことのない、全く別の形の権力構造を持った国家になって行くことだろう。ここで問われるのは国家の品格である。その時代にふさわしい、新しい道徳観に基ずく国民の精神構造の確立も、また重要課題となることだろう。


面白い結果が出た

 大学生の将来への不安
 
 東大でアンケート調査の結果が出た。それによると、東大生の約3割近くが「将来自分がニートやフリーターになるのでは」と感じているとしている。


 無事卒業しても約7割の学生が就職に不安を抱えているとの結果も出ている。それかあらぬか大学院進学志望者が増え、世間に出ることを回避する傾向にすらあるという。


 世間では東大を目指すのは、将来、一流企業若しくは役人のエリートとして就職が約束されるからこそであって、就職浪人などは考えも及ばぬ事であったのだが、何故か今回の調査では、就職浪人どころかニートやフリーターになるのではないかとの不安を抱えていることが浮き彫りにされている。また、その様にならぬよう就職指導や積極対策を希望するとの声も多いようである。


 昨今では大卒者の正社員としての新規雇用は企業の業績回復に伴い、以前に比べ大部増え、一部では学生側の売り手市場にもなっていると言われながら、何故この様な結果が出たのだろうか。ヒョッとすると、東大に入りさえすればバラ色の将来が約束される世の中ではなくなったのかも知れない。


 ここで、東大などの様な一流大学でない二流三流大学でも同様なアンケート調査をすれば更に面白い結果が出そうである。


 例えは悪いが東大生は受験術を心得、難関を巧みにすり抜けた、ひ弱な乳母日傘で育った血統書付きのお座敷犬だったとするならば、二流三流大学の学生は基礎学力は持ち合わせながらも挫折、今一巧くいかなかった、野良犬混じりの雑種犬、世間の荒波に揉まれながらに育った連中。バイタリティー豊に暮らす術を心得ていることから将来への不安は案外少ないのではないだろうか。


 二流三流大学出の諸君、東大生の怯んでいる時、今こそチャンスかも知れない。君たちの時代が来たのかも知れない。この期を逃さず頑張れ。

どうにかしなくては

  待と苛(いじ)め


 虐待の起こる形からみると、大人と子供(親子)、男女、人と動物、等との間で、必ず加虐者が被虐者より絶対優位にある場合に起き、心身共に暴力行為によって加虐され、被虐者が必ず一方的に被害を受け、反撃することが出来ない。しかも、これが逃れられないような場面において、かつ、日常継続的に行われる。


 また、加虐者が複数の場合、特徴として行為の主となる者と従属(追従)する者に分かれ、それぞれの間での関係安定の代償として、行為の正当性が暗黙の内に了解されていて、行為を止めることには機能せず、むしろ加勢する方向に働くのが通例である。


 一例として、女性の連れ子を同居する男が虐待する事例に見られるように、男女関係を維持するため、女性が子供を庇う方向に向かず、男の行為を無視・容認したり、逃避して、男に迎合助長するかのような行動に出て重大な結果を招いてしまうことが挙げられる。


 これが学校や職場で起こると苛めになる。基本的な構造、心理的挙動に置いて虐待と何ら変わるところはない。


 従ってこれの対策を立てる場合は人間世界にのみある虐待の根元に立ち返って考えなくてはならないものである。


 先ず、虐待の成り立つ絶対条件としての加虐者と被虐者を作り出さない工夫である。集団生活の場である、学校や職場では優位の加虐者を出来なくし、それを取り巻く追従する者を徹底して取り除くことにある。


 特に学校においては先ず従属する取りまきを排除し、次いで主導する者を潰すことが肝要である。子供の世界では加える者、被る者一対一では被る者から反撃される機会が多く、追従者の力を借りなくては苛めが成立し難いところがあるからである。場合によっては攻守逆転することすらある。したがって、子供においては殆どが複数加虐を特徴とする。また、内容は所属集団に許容されない価値(観)に攻撃が集中する。理解の平均からはずれた者(モノを持つ者)が対象となることが多い。事の優劣とは直接関係なさそうである。


 学校での苛めを根絶するためには、この様な特質を持つ、被虐者となり得る者を早く見つけだすこと、そしてその周辺情報を多く集め、事が大きくなる前にその芽を丹念に摘み取ることである。これらの情報は子供達が一番持っている。今時の先生はこれを採りに行けないところに問題があるのではなかろうか。昔の先生は子供一人一人を熟知掌握していた。ましてや教師が加虐の主導者になるなどは論外。


 手っ取り早い子供達の情報収集はガキ大将に聞くのが一番。人間は群れる動物だから、今でもガキ大将(番長)は必ずいるからである。


 苛めの根絶は、今の名誉職としての教育委員会制度では何処まで出来るか。文科省のお役人さんはどうする。また、何かに付け、悪ガキに「ママに教育委員会へ電話させるぞと」と毒づかれて、震えの来るような校長始め先生方では何が出来るかいささか疑問が残る

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